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大分地方裁判所 昭和30年(ワ)357号 判決 1956年5月10日

原告

田添嬰

被告

古手川敏行

主文

被告は原告に対し金二十万円及びこれに対する昭和三十年十一月二十日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

被告が原告主張の日時場所において原告に対し原告主張の傷害(≪編注≫肝臓及び胃腸に達する傷害)を負はしめたことは当事者間に争いない事実である。

よつて被告の右加害が正当防衛であつて違法性はないとの被告主張について検討をする。

成立に争いない甲第四、第六、第七、第八号証と原告本人尋問の結果を綜合すれば原告が右の傷害を蒙るに至つた事情は次のとおりであることが認められる。即ち、原告は前記日時に酒に酔つて友人二名と前記場所を通行していた際前方より同様酒気を帯びて進行してきた被告と出会したが、原告、被告いずれも道を譲らず互に相手を非難する態度に出たところ、被告は原告の攻撃を察知して突然所携の小刀をもつて原告の左側胸部を突刺し、もつて原告に右の傷害を負わしめたものであることが認められるのである。しかるに被告は原告が被告を突く、殴る等の暴行に出でその場に倒れたところ更に蹴られる等の暴行を加えられたので落ちていた右小刀を用うるに至つたものである旨供述し乙号各証を援用するのであるが、右の認定に反する被告の供述ならびに乙第五、第六号証中被告の供述記載部分は前顕各証拠に照らし信用することはできず、その余の乙号各証も前記認定を左右するに充分でない。しかして、右の事実によれば原告が剣道有段者であつた事情(原告本人尋問の結果により認められる)を考慮するも原告の急迫不正の侵害に対し被告がやむを得ず右の所為をなすに至つたものと言うことはできないから、被告の右の所為は違法のものであつてこれによつて原告に蒙らしめた損害は被告において賠償する義務がある。

よつて損害の数額について考える。

(1)  成立に争いない甲第五号証、第十号証の一、二に証人田添テルの証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は右の傷害を蒙つた後、昭和二十八年四月より昭和二十九年六月頃まで入院通院及び自宅療養等により治療をなしてきたことが認められるので、右治療に要した費用は被告の右違法の行為による損害として賠償しなければならない。

尤も原告本人尋問の結果によれば、原告が受傷直後に診療を受けた板井病院における担当医師が受傷の部位程度を誤診した結果適切な治療を受くる迄時間を空費した事実が窺われるのであるが、このことによつては被告の右所為と原告のその後の治療との間に因果関係の中断ありとすることはできない。したがつて被告は原告の支出した治療費全額について賠償すべき義務あるものと言わねばならない。

ところで、原告は入院中四万円以上その後二十万円以上の支出をしたというけれども、証人田添テルの証言並びに原告本人尋問の結果によるも右の主張事実を立証するに足らない。

しかしながら右の証拠によれば原告は右の治療費を支出するため、当時所有していた英文タイプライターを二万余円で、オーバー二着を七千円以上で処分し、労働金庫に対する預金四万円以上の払戻しをしこれを治療費に支出したことが認められるので右の事実によれば原告は少くとも六万七千円の限度においては原告が右治療に支出したものと言わねばならない。よつて右六万七千円は被告の所為によつて原告に蒙らしめた損害として賠償すべき義務がある。

(2)  成立に争いない甲第十一、第十二号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は右受傷の当時大分県津久見市津久見第一中学校に公立学校教員として勤務していたが、受傷後同県速見郡内速見中学校に転勤し、昭和二十九年二月頃出勤したけれども、右の受傷により健康回復せず臥床のやむなきに至り同年三月遂に右教職を辞しなければならないこととなり昭和二十九年四月一日以降職を失うこととなつたこと、また、その後健康状態は回復せず再び収入を得る途を閉ざされていることが認められる。しかして原告が右のように収入を得る途を絶たれたことは前記板井病院における治療不十分の事実は因果関係を中断するものと言えない以上右の原告の損失は被告の所為に起因するものと言わねばならない。しかして前顕証拠によれば原告は当時一ケ月実収一万三千円以上を得ていたことが認められるので少くとも一ケ月一万三千円の割合で昭和二十九年四月から昭和三十年十一月まで二十ケ月分合計二十六万円を原告の得べかりし利益でありこれが喪夫による損害は被告において賠償すべきである。

(3)  原告が原告主張のとおり経歴を有するものであることは当事者間に争いない事実であり、原告が前記の事情により前記の傷害を受け、これがために前記のとおり当時の勤務先を退職し爾来失職しているものであるところ、原告本人尋問の結果によれば原告は漸く妻を迎えるに至つたのであるが、いまなお原告の母の扶養を受けていることが認められ右の事実によれば原告は右の傷害により多大の精神上の苦痛を蒙つたものであることは推知するに難くない。しかして被告が被告の父の経営する自動車修理の業務に従事している二十二才の青年であるという事実(被告本人尋問の結果により認められる)をも考慮すれば右精神上の苦痛は十万円の賠償によつて慰藉されるべきものと認める。

しかるときは被告は右の所為により原告に対し合計四十二万七千円の損害を蒙らしめたものと言うべきであるから右の限度内において被告に対し金二十万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明かな昭和三十年十一月二十日以降右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める本訴請求は正当として認容すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して仮執行の宣言はこれを附しないのが相当であると認め主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男)

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